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日々思いつくままに

茅の輪

10,6,28(月)

昨日から、ウオーキングは従来の1回分を午前と午後の2回に歩くことにした。
昨日は午前中大堀川沿いに歩き、午後は諏訪様まで歩いた。

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社には例年の通り茅の輪が設けられていた。
これは本来6月30日の夏祓の行事であり、お祓いが終ると直ぐに取り壊される。

  母の分もひとつ巡る茅の輪かな  一茶

境内には神水が湧き出している。
昔は野馬が牧を抜け出しこの水を飲みにきたそうだ。
境内は何時も綺麗に掃除されている。
掃除をしている禰宜と巫女は礼儀正しく、何時もきちんとしたお辞儀と挨拶をされる。

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昔は大きな杉の木の根方から湧いていたそうだ。

茅の輪_c0167560_1835087.jpg
これは「石楠花」同人だつた佐々倉水山人さんの句碑。水山人さんは、林火先生の同僚で柏俳句連盟の初代会長だった。いまその後を私が継いでいる。

このコースは俳句の句材が沢山あるが、何時も歩いているので中々句は出来ない。
この途中に児童公園があり、童子神が祀られていたが、何時の間にか撤去された。
この公園は古いが、ここで子供達が遊んでいるのを見たことがない。
しかし、この童子神では幾つか句を授かっている。
何処へ引っ越されたのだろう。

   朝夕に掃く病葉や巫女と禰宜
   掃きためし病葉に紅交じりたる
   病葉や延命治療はいりませぬ
   病葉や長命罪に似たるかに
   延命を拒みし病葉かも知れず

# by yuusimatuda | 2010-06-30 18:34

手賀沼の白鳥と雛

10,6,26(土)

今日はこれから2つの句会の梯子となる。

昨日夕方、車で手賀沼に行って見た。
この所の雨で手賀沼の水質は良くなっているようだ。
間もなく梅雨が終るとまた元に戻るかも知れない。

手賀沼の白鳥と雛_c0167560_9164884.jpg
手賀沼では水質改善のための色々の工夫がなされている。それにしてもこの沼の浄化に費やされる費用は馬鹿にならない。

手賀沼の白鳥と雛_c0167560_920474.jpg
手賀沼公園前の沼に生まれて間もない白鳥の雛がいた。子供はもう少し多い筈だが1羽しかいなかった。近づくと母鳥が羽根を怒らせて向かって来た。

   太極拳涼風いなしゐるごとし
   大昼寝風を生み継ぐ沼の葦
   ヨット教室白帆を陸に広げけり
   青葦の風を喜ぶ葉騒かな
   軽鳧の子を鴉の咥え飛び去れり  
   仔白鳥母を離れず遊びをり
   散るための花の装束沙羅咲ける
   

# by yuusimatuda | 2010-06-26 09:39

小林牧場から風土記の丘へ

10,6,24(木)

梅雨に入って蒸し暑い日が続いている。
久方振りで、小林牧場、房総風土記の丘へ吟行。
小林牧場の付近には道作古墳群があり、牧の中にも数基が散在する。

小林牧場から風土記の丘へ_c0167560_1391872.jpg
牧場の中の古墳

この古墳は近くの鳥見神社に関係のあるようだ。
この祭神は饒速日命で神武天皇が大和に入る時、長髄彦を討って天皇に国を譲ったという。
その子孫が物部氏と云われてうる。
その後、その子孫の多くが関東に進出、多くは県主として天皇家直轄領の管理に当たったらしい。
この地は当時鳥見と呼ばれていたらしく、常陸風土記には景行天皇が鳥見が丘から国見をしたという記事があるという。鳥見は大和の長髄彦の本拠地だったところ。
饒速日命も長髄彦の娘を娶りここを本拠としていたらしい。

この古墳群で一番大きな古墳の近くに四阿のような建物を作っていた。
工事中の責任者の話では、四阿には屋根が無いとのこと。
屋根を付けると建物になり許可が出ないらしい。
権限が建設省、文化庁等に分かれていて、その調整が難しく屋根の無い四阿になったらしい。
工事関係者がぼやいていた。


小林から房総風土記の丘へ回った。

小林牧場から風土記の丘へ_c0167560_13142843.jpg

資料館浦の復元された弥生時代の竪穴住居

風土記の丘は何時来ても良い。
ここの古墳は小林に比べるとかなり多い。
中でも鬼の岩屋と云われる古墳は日本で2番目に大きな方墳との事である。
今日はウイークデーで子供達が社会科の勉強に来ていた。
1日、ゆっくり時間をかけて付近を歩いた。

   牧涼し勾玉出でし塚二つ  
   責め馬の汗を飛ばして駆け抜くる
   汗の馬ホースを伸ばし洗ひけり
   馬の耳木下の涼を楽しめり
   夕涼し塚より出し酒の壷
   古代米植ゑて風土記の村に住む
   ほととぎす廃寺の跡の祠神
      

# by yuusimatuda | 2010-06-25 13:45

柏の葉公園

10,6,22(火)

昨日、久方振りに庭の植木の剪定をした。
平素は3時間ほどで終えるが、昨日は疲れて少し遺して仕舞った。
もう自分でやれるのもそう長くないような気がする。
その際、椿の邪魔になっていた柘植の木を短く切った。
昭和38年に三宅島で採取した柘植だ。
可愛そうな気もしたが仕方がない。
この椿も大島で貰ったものだ。

今日は午前中ウオーキングを兼ねて柏の葉公園まで歩いた。
定年後しばらくここまで走って往復した。時にはその公園のトラックを何周も走って帰った。
今日は遠まわりをしたので、ここまで歩くのに大変だった。
疲れたので帰りはバスを利用した。

柏の葉公園_c0167560_16571347.jpg

家裏の大堀川、下流は手賀沼に注いでいる。昔はここらを篠篭田谷と呼んだらしい。ここらは昔の相馬郡で平安末期、この谷から北は伊勢神宮に寄進され、相馬御厨と呼ばれていたと云う。ここの支配権を巡って色々と問題があったようだ。


柏の葉公園_c0167560_165553100.jpg
この掘割は野間掘りの跡?、この一帯は江戸時代馬の放牧地で、野馬が耕作地を荒さないよう耕地との境の土を掘り、その土を積み上げ馬の進入を防いだと言う。土を掘ったところが野間堀、土を積み上げたのが野馬土手、野を捕らえるための施設を野馬込と言った。ここの小学校は明治の初め野馬込の跡に作られたと言う。

柏の葉公園_c0167560_17264185.jpg
柏の葉公園の沙羅の花

柏の葉公園_c0167560_17295226.jpg
紫陽花の花は土壌が酸性だと赤、アルカリだと青くなると言う。

   生きている限り修行や山法師
   山法師己に負けず暑に対す
   散るための沙羅の白花と思ふべし
   桜の実含めば苦し思い出も
   木下涼し双子の眠る乳母車
   羽抜鶏まう争はぬことにする
   

# by yuusimatuda | 2010-06-22 18:04

本部句会で浅草へ

10,6,21(月)

昨日は本部句会、84名が集まった。終ってからこの前の同人鍛練会の担当者慰労会。場所は浅草の有名な老舗の飲食店。


本部句会で浅草へ_c0167560_928957.jpg
新装なった浅草寺の二天文、この門は浅草寺の境内にあった東照宮の正門だったとの事

本部句会で浅草へ_c0167560_9314754.jpg
観音前の大銀杏、昭和29年ころ、この銀杏の脇に在った浅草一区の交番に時折勤務した。今の五重塔の近くの焼け残りの建物に右翼愛国党の赤尾敏が入っていた。

本部句会で浅草へ_c0167560_9384686.jpg
浅草三社様の茅の輪。これを潜って句会場へ行った。三社様の祭りは盛大だがお社は誠に小さい。

ところで、この前句集を出した出版社が先日倒産した。誠意に満ちた真面目な出版社だった。今の俳句の隆盛は営利だけを目的とした俳句雑誌と視聴率を上げるここのみに奔走するテレビ等のマスコミのお陰である。というより、現在の俳句を堕落させているのはこれらマスコミ等に他ならない。
昔の宗匠から、マスコミに中心が変わっただけで、江戸時代の点取り俳句と何ら代ったところが無い。
現在、芭蕉のように、このようなことに無縁では生活が成り立たないのだろう。
豊かな時代の俳句の隆盛というより、豊かさゆえの俳句の受難の時期であるような気がする。
俳句の終末期の隆盛と言えるかも知れない。
現在の60、70歳代がいなくなれば俳句が没落してしまうに違いない。
そう成らないため、次代の若者へ引繋いで行く努力をしなければならない。
年を取ると余分な事ばかり考えているようだが、これは大事なことと思う。
 
  海紅豆みな白塗りの島の船
  行々子高天原は騒がしき
           を主宰が採った。
  
  海風に夏帽吹かれ喜寿近し
  柿の花零れ昔は帰らざる
  飛蝗飛ぶ油の切れてゐるやうに
  懸命の境界石に蝸牛
  あてどなし海月のやうな帽かむり
  茅の輪潜る良きことのありますやうに
  底なし沼の底に響けり牛蛙
  銀河より火の玉となり帰還せり

この所、週2,3日家内が娘のところへ手伝いに行っている。
手伝いを終えて帰るとすっかり疲れて、家で半分はごろごろしている。
娘達は若いので疲れが分らないらしい。
年を取ってから3人の子供の面倒と、家事は大変だ。
1年ほど前、娘婿はある飲食関係のチエーン店のオーナーになったが、その途端状況が変わり大変なことになった。
これまで勤めてきた仕事は退職したので、再就職の当てはない。
この店を始めてから、ほとんど自分達の給料も出ず、従業員の給料を借金で払っている。
それでも仕事が無いのより気楽らしい。

そのためマンションを処分し、幾らか余ったので、今、その代金を従業員の給料の不足分にあて、その残りで細々と暮している。
2人が店へ出ているので、夫の母と家内が当番でその家の面倒を見ている。
生活費からみんな此方で出し、疲労困憊して帰る家内を見るに付け慰めの言葉も出ない。
このままだと、本人達の他に、夫の母親、家内と3者が倒れてしまうのではないかと心配である。

また、消費税の問題が出てきた。
これら飲食産業は更に大変なことになりそうだ。

# by yuusimatuda | 2010-06-21 10:03