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日々思いつくままに

市民俳句大会と上総国分尼寺跡吟行

10,11,14(日)

 昨日、13日(土曜日) 

 柏市の文化祭の一環として柏市民俳句大会を開催した。
投句者、133名、大会出席者70名とこれまでにない盛会だった。

 従来、この時期は行事が多く参加者は、ここ10年ほど出句者60名から85名、出席50名から60名と少なかった。
最近、俳人の高齢化に伴い各句会の参加者も減少傾向にあり、これをどうにかしたかった。

 大会に参加出来ない高齢者や、健康上大会に参加出来ない人達にも参加してもらうための試みとして、始めて、事前投句制を導入した。
事前投句の場合、選句は一部の人で行うのが普通だが、今回は欠席者も含め投句者全員で選句していただいた。
 この遣り方は、大きな大会では、初めての試みだったと思う。
事務に手数がかかることなど問題は多いが、、これからの句会の在りかたとして魁を成すかも知れない。
今後、この結果に基いてよりよい大会になるよう勤めて行きたいと思っている。


 今日は 久方振りの早起き、朝早く出て、昨日から1泊で吟行に来ていた鶏頭会に合流した。

内房線五井に朝9時頃到着し、市原市の上総国分尼寺跡で皆と合流、尼寺跡と国府跡一帯を歩いた。
国分尼寺跡には、建物が一部復元されている。広大な敷地に現在でも驚くような壮大な建物が建っていたようだ。復元された尼寺の回廊では菊花展が開かれていた。

当時の庶民が竪穴住居に住んでいたのに比べ異様な感じがしないでもない。
それだけ中央の権力が大きく、これらの建物が庶民に与えた威圧感はかなりのものであったかも知れない。

 一昨日、みんなは主として防人の跡を訪ねたようだ。
ここらから多くの防人がその任に就くため旅立っている。
中央にとって、関東の住民は新に征服した民でなべて従順だったようだ。
防人もそうだが、東北の蝦夷討伐の為に派遣された征夷の兵も関東で徴用された農民を中心とした兵であったという。
 関東の中央に従順な気質は、今も引き継がれているようだ。
更級日記や天平の世へ思いを馳せながら 、一面の黄葉と落葉の中を歩いた。

  枯野より天平の尼寺掘り出せり  
  掘り出せし大き尼寺跡鳥渡る
  萩を刈り落葉を掃いて史跡守る
  天平の尼寺の復元菊香る
  里山は古代の史跡落葉散る
  冬田原防人発ちし海埋み
  冬田原防人発ちし津はいづこ
  丘の上に防人の歌碑木の実降る
  老いまじき心大事に菊を見る
  菊花展巡りて言葉改まる
  
  

by yuusimatuda | 2010-11-15 13:44
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