人気ブログランキング |

日々思いつくままに

仙谷石発言に思う

10,11,18(木)



夕方、ウオーキングに出ると間もなく時雨がやって来た。
鮭が上って来ているという大堀川の辺を鮭を探しながら歩いていると、
段々が激しくなり、小学校の裏門前の木陰で雨宿りをした。
子供の頃、良くこのようなことがあったが、最近は久方振りのことである。
昔のことを思いながら5分ほど木の下に佇むと雨は止んだ。
仙谷石発言に思う_c0167560_2145125.jpg
時雨が去った夕空
仙谷石発言に思う_c0167560_21465088.jpg

時雨が去った道辺の枇杷も花を付け始めていた


昼前、テレビを付けると、参議院予算委員会の中継中だった。
付けて間もなく、仙谷官房長官の答弁が始まった。
「自衛隊は暴力装置である」と言うのだ。
これを聞いてびっくりすると共に昔のことを思い出しなるほどと思った。
この政党の中心にいる人達が馬脚を現わしたのだ。
彼は、昭和30年半ば過ぎから40年代にかけて、共産党に代って過激な革命闘争をした社会党左派の闘志だった人だ。当時、共産党は27年の皇居前の事件で党勢が衰え、暴力革命闘争を表に出ないよう注意し、党勢回復に努めていた。
これに代って、公務員労組を中心に労組をばじり革命を目指し過激な闘争をしていたのが、当時の社会党左派だった。
彼らは、中国、ソ連を頼り、日本の革命を目指して過激な労働運動を展開していた。
現在の年金問題も、この時期に起きている。
彼らは革命闘争の一環として、公務員労組等を中心にサボタージュや不労運動等政治闘争を展開していた。
マルクスの革命論にかぶれた彼らにとって軍隊は革命を抑圧する暴力装置に他ならないのだ。
それは彼らにとって当たり前のことで、仙谷さんは周りが騒いで始めて気がついたようだ。
従来、反米一辺倒で、中国やソ連を称賛し、これに多夜頼って来た彼らにとって、中国に頭が上がらないのは当然のことである。尖閣の問題での弱腰外交はそこに起因している。
ロシアもその事を承知の上で、現在の北方領土問題をなし崩しにしようとしている。
何も彼も無責任なこの政党に政権を任せてよいのか不安になって来た。
中国にもロシアにも物が言えない内閣では、その内、中国やロシアの属国になってしまうのでは無かろうか。
尖閣の措置や北方領土の対応でもうその影が見えはじめている。

# by yuusimatuda | 2010-11-18 23:24

市民俳句大会と上総国分尼寺跡吟行

10,11,14(日)

 昨日、13日(土曜日) 

 柏市の文化祭の一環として柏市民俳句大会を開催した。
投句者、133名、大会出席者70名とこれまでにない盛会だった。

 従来、この時期は行事が多く参加者は、ここ10年ほど出句者60名から85名、出席50名から60名と少なかった。
最近、俳人の高齢化に伴い各句会の参加者も減少傾向にあり、これをどうにかしたかった。

 大会に参加出来ない高齢者や、健康上大会に参加出来ない人達にも参加してもらうための試みとして、始めて、事前投句制を導入した。
事前投句の場合、選句は一部の人で行うのが普通だが、今回は欠席者も含め投句者全員で選句していただいた。
 この遣り方は、大きな大会では、初めての試みだったと思う。
事務に手数がかかることなど問題は多いが、、これからの句会の在りかたとして魁を成すかも知れない。
今後、この結果に基いてよりよい大会になるよう勤めて行きたいと思っている。


 今日は 久方振りの早起き、朝早く出て、昨日から1泊で吟行に来ていた鶏頭会に合流した。

内房線五井に朝9時頃到着し、市原市の上総国分尼寺跡で皆と合流、尼寺跡と国府跡一帯を歩いた。
国分尼寺跡には、建物が一部復元されている。広大な敷地に現在でも驚くような壮大な建物が建っていたようだ。復元された尼寺の回廊では菊花展が開かれていた。

当時の庶民が竪穴住居に住んでいたのに比べ異様な感じがしないでもない。
それだけ中央の権力が大きく、これらの建物が庶民に与えた威圧感はかなりのものであったかも知れない。

 一昨日、みんなは主として防人の跡を訪ねたようだ。
ここらから多くの防人がその任に就くため旅立っている。
中央にとって、関東の住民は新に征服した民でなべて従順だったようだ。
防人もそうだが、東北の蝦夷討伐の為に派遣された征夷の兵も関東で徴用された農民を中心とした兵であったという。
 関東の中央に従順な気質は、今も引き継がれているようだ。
更級日記や天平の世へ思いを馳せながら 、一面の黄葉と落葉の中を歩いた。

  枯野より天平の尼寺掘り出せり  
  掘り出せし大き尼寺跡鳥渡る
  萩を刈り落葉を掃いて史跡守る
  天平の尼寺の復元菊香る
  里山は古代の史跡落葉散る
  冬田原防人発ちし海埋み
  冬田原防人発ちし津はいづこ
  丘の上に防人の歌碑木の実降る
  老いまじき心大事に菊を見る
  菊花展巡りて言葉改まる
  
  

# by yuusimatuda | 2010-11-15 13:44

牛久の芋銭旧居を訪ねる

10,10,7(木)

午後ウオーキングを兼ねて牛久城址の小川芋銭の旧居を訪ねた。

牛久城は戦国末期に築かれ江戸初期に廃城になった。三方を沼に一方を空堀で囲まれた堅固な城だったという。江戸時代は牛久藩1万石の本拠地として陣屋がここに置かれていた。
小川芋銭は明治元年赤坂の牛久藩の藩邸で生まれた。しかし、間もなく廃藩置県となり家族は牛久に帰り帰農したという。芋銭は長じて画家の道に進んだが、終生この地を愛し71歳でここに没している。
牛久沼は広い。昔はもっと広かったという。芋銭はこの沼に棲んでいると伝えられた河童の絵をよく書き、河童の芋銭として知られていた。
現在、芋銭の旧居「雲魚亭」が牛久藩の陣屋跡に資料館として残っている。
その近くに芋銭の河童の絵を彫った碑が建っていて訪れる人が多い。

往きはJR佐貫駅からタクシーで城址へ牛久の芋銭旧居を訪ねる_c0167560_2194287.jpg

牛久の芋銭旧居を訪ねる_c0167560_2184387.jpg
河童の碑
10数年前、「百鳥」創刊間もなく、この河童碑を見て
   春愁や河童の口の尖れるも(鶴唳)
を作っている。
牛久の芋銭旧居を訪ねる_c0167560_21282067.jpg
雲魚亭の玄関
雲魚亭は生憎休館日で閉まっていたが、三面は硝子張りで外から中の様子を覗け幾分助かった。
牛久の芋銭旧居を訪ねる_c0167560_21333729.jpg
得月院裏の芋銭の墓、半月遅れの曼珠沙華が満開だった。
牛久の芋銭旧居を訪ねる_c0167560_21364926.jpg
牛久沼の夕日
帰りは牛久城址から佐貫駅まで歩いた。途中、近道をしようと細道に入ったところ、道が行き止まりになったり、曲りくねったりして余分に歩く羽目になってしまった。しかし、良い運動になった。

   一万石の城の空堀木の実落つ
   膝を抱く芋銭の河童秋深し
   膝を抱く河童と秋思分かちけり
   沼の日に柿の色づき雲魚亭
   墓碑名は芋銭の自筆秋日濃し
   彼岸花遅れ咲くとも佳き事あれ
   蛇行して刈田の中を暴れ川
   利根渡り沼越えて鳥渡りけり
   

   
  

# by yuusimatuda | 2010-10-07 22:17

吟行を振り返って

10,10,6(水)

今日は、久方ぶりに朝から何にもない1日だった。
思いついて、しばらく遠ざかっていたブログを書いてみることにした。

ブログを開いていると、鈴木章、根岸栄一さんの2人がノーベル化学賞を貰ったとのニュースが流れた。
暗いニュウスばかりのところへ、明るい光が差したような感じがする。

ところで、先月から、或る高齢者介護施設の俳句会の指導を引き受けた。
初めて俳句を始めた年寄りばかりの俳句会かと思っていたが、
どうして、どうしてこれまでやって来た句会に決して引けを取らない気がする。
ここに入居するまで、何処かで長年俳句をやって来ている人も居るようだ。

先日の豪徳寺、松蔭神社、世田谷代官屋敷吟行を振り返り句を作ってみた。 

   代官屋敷に三坪の白州ちちろ鳴く
   代官屋敷は庭木も大樹渡り鳥
   代官屋敷の大き藁屋根鳥渡る
   石榴熟れ代官屋敷に通し土間
   松蔭の辞世の歌碑や鵙猛る
   松蔭の墓前の爽気帽子脱ぐ
   志士墓の一つは松蔭朝の鵙
   秋草一つ許さず直弼の墓域
   直弼の墓松蔭の墓憂国忌
  (題詠)
   天柱めくスカイタワーや渡り鳥
   奥社へ二キロ新蕎麦に腹満たし
   新蕎麦や山よく見ゆる予約席
   家々に暮しの灯秋深む




   

# by yuusimatuda | 2010-10-06 21:08

今日も暑さが思いやられる

10,7,23(金)

久方振りで早く寝たら、夜明け前に起きてしまった。
朝顔もまだ開ききっていない。

1ヶ月ほど今日から今日からと書き渋っていた文章の締切りも迫った。
他のことをやりながら、8人、1人20句の特別作品の評はややきつい。
今週中に上げないと、後が支えている。

1昨日写真を撮って来たが、パソコンに取り込む際おかしくなって仕舞った。
機械の性でなく、どうやらやり方のようだ。
写真機の扱いも習いに行けば良いがその時間が勿体ない。

今日は午後東京へ、暑さが思いやられる。
社屋が代り近くなったのは良いが、この暑さは年を取ると応える。

    鳥の声しきりに野花菖蒲咲く
    暁蜩まだ残りゐる昨夜の酒
    反魂草世に抗し暑に抗し老ゆ
    駒鳥や海に尽きたる原始林
    駒鳥や塚より出でし金の鈴
    青鷺や神代に継ぎし田を守りて
    青田風つばめ一気に加速せり
    叛くごと太陽を背に向日葵立つ
    
   

# by yuusimatuda | 2010-07-23 06:36